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沖縄音楽の母と呼ばれる宮古島出身の作曲家 金井喜久子氏
首里城正殿の復興・復元が進む今年は「沖縄音楽の母」と称される宮古島出身の女性作曲家・金井喜久子(かない きくこ)の生誕120周年、そして没後40年にあたるメモリアルイヤーだ。
金井は女性作曲家として日本で初めて交響曲を作曲した人物である。1930年代から約50年間、沖縄音楽をモチーフに多くのジャンルの作品を作曲し、琉球諸島の民謡やわらべ歌の研究を行うなど幅広く活動した。
代表作の一つが、1972年5月15日の沖縄本土復帰記念式典で演奏された祝典序曲「飛翔(はばたき)」だ。八重山民謡「鷲の鳥」に着想を得て、「苦難を乗り越え沖縄が未来へ大きく羽ばたいてほしい」という願いを込めて作曲された。
金井は日本レコード大賞童謡賞の受賞やMGM映画「八月十五夜の茶屋」での音楽担当など、沖縄の音楽文化を国内外に広めた数々の功績を残しているが、同郷でも知らない人は多いのではないだろうか?
プロジェクトの挑戦
今回は、金井喜久子プロジェクト発起人の宮城さつき氏(元琉球朝日放送アナウンサー)に金井の魅力について話を伺った。
「私が金井喜久子を知ったのは、フランス在住のソプラノ歌手・奈良ゆみさんがラジオ番組にゲスト出演された際にお話ししてくださったことがきっかけでした」と宮城氏は語る。
その後、金井喜久子の自叙伝『ニライの歌』を読み、沖縄の文化を愛し、音楽を通して故郷を世界に伝えようとした一人の女性の姿を知った。
戦争の記憶と向き合い、平和と人間の尊厳を願い続けたその生き方に触れ「こんなにも素晴らしい人をもっと多くの人に知ってほしい」との思いから、2022年沖縄本土復帰50周年の年に5年計画で「金井喜久子プロジェクト」を立ち上げた。
以来、宮城氏は金井喜久子に関わる人々を訪ね、各地に残された資料集めや朗読・音楽、舞台表現へと発展させながら、金井の人生を多くの人々へ届けている。
金井が抱いた「沖縄の文化を世界へ」という志を次代につないでいくことが、プロジェクトの大きな使命だと語る。宮城氏が特に伝えたいのは「偉大な作曲家の功績」だけではない。沖縄の伝統音楽と西洋音楽を融合させながら故郷への愛を作品に託し、戦争の悲しみを乗り越えて平和を願った金井喜久子の「生き方」そのもののように感じる。
沖縄を愛する一流の表現者が集結
その金井が生涯をかけて想いを寄せた故郷・沖縄を舞台にしたのがオペラ「沖縄物語」だ。
琉球古典音楽「瓦屋節」を題材に、琉球王朝時代の瓦造りを背景に切なくも力強い人間模様を描いた本作は、1960年の東京初演から1982年の本土復帰10周年記念再演を含めて過去3度東京で上演されたが、残念なことに沖縄では一度も上演されていない。
その幻のオペラが最後の東京公演から44年の時を経て、ついに故郷の地で初めて上演される。
今回の上演には、国内外の第一線で活躍する沖縄を愛するスペシャリストが集結した。
指揮を務めるのは柴田真郁。ヒロイン・奈美を演じるのは、金井と同じ宮古島出身で、日本を代表するプリマドンナの一人、砂川涼子。演出を担うのは、1982年に同作品を演出した故・粟國安彦の息子であり、国内外で活躍する演出家、粟國淳だ。父が手がけた作品と44年の時を経て向き合い、次の時代へとつなぐ。
また、衣装デザインを手がけるのは、ハリウッドを拠点に活動する北中城村出身の押元須上子。2024年のエミー賞で史上最多18部門を制覇したドラマ『SHOGUN 将軍』をはじめ、数々の映画や舞台で衣装のスペシャリストとして活躍してきた押元は、今回、県内の学生や職人たちとも協働する。
若い世代へ世界で培った技術の伝承を見据えながら舞台を鮮やかに彩る。
金井喜久子の志と沖縄への強い情熱を抱くスペシャリスト達が今回の公演のためにタッグを組んだ。
音楽の美しいメロディーに乗せて紡がれる、愛と哀しみ、そして希望の物語。金井喜久子が音楽と沖縄の魂を捧げて遺したオペラ『沖縄物語』が44年の時を超え、現代の沖縄を生きる私たちの心に何を語りかけるのだろうか。この冬、歴史的な瞬間が幕を開ける。

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金井喜久子プロジェクト実行委員会
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